Rule-following (8)

C.Wrightの論文は無事終了。最後の方はまとめなのですかすかと進む。この論文はチョムスキー献呈論文集に入っているもので、見知らぬ文が与えられてもその文が理解できるための認知的・心理学的メカニズムを探索するというチョムスキーのCentral projectを、ウィトゲンシュタインのrule-followingの論点から批判するというもの。ある意味ではその方が正しいとも言えるが、献呈論文にもかかわらずかなり根底から批判した後、おまけのように換骨奪胎したものを新たなチョムスキーのプログラムとして提示するという流れ。

...then there is after all a real collision between Wittgenstein's thought and the Central Project, and one might well want to side with Wittgenstein. (p.258)

言うなぁ。でも哲学者以外ではあまりウィトゲンシュタインに与しようとする人はいないんじゃないですかねぇ。例えば言語学でrule-followingの問題が真向から取り上げられている感はないし。

んー次はMcDowellですか。王道というかメインストリームを突っ走ってるな。「大物を相手にすると収集がつかなくなるからやりたくない」とか言いつつ、がんがんに突っ込んで行く某氏がいいですね。

そういや読みにくいことで有名なライトにこんな「文」があった。これって文法的に正しい文として成立しているんだろうか?

I cannot always have concepts other than those whose governing rules I am trying to observe in a particular situation in terms of which I can formulate a separate judgment of the input to which these rules are to be applied. (p.256)

これちゃんと訳せる人いたらすごい。