行列の定義

これが揚げ足取りでないことを祈りつつ。行列の定義は例えば次のように書かれる。

自然数m,nに対し、mn個の複素数a_{ij}(i=1,2,...,m; j=1,2,...,n)を、縦m個、横n個の長方形に並べた表を、(m,n)型の行列という。(齋藤正彦『線型代数入門』p.31)

この本だけでなく、たいていの教科書にはこのような定義が載っている。たぶん一度は居心地の悪さを感じるかもしれない。なぜなら、ここで長方形の表に並べられているとされているのは、「数」そのものだから。もちろん、我々は数字を用いて、その数字を実際に長方形の表に書くことによって行列を表現する。しかし、そのような表現によって表現される当の行列そのものもまた、長方形に並んでいる。この行列の捉え方によると、数は空間的に配置されている。では、どんな空間に数は並んでいるのだろうか?ここでは、伝統に反して数は時空的対象であると考えられているのだろうか?

行列は数がある形に並んだものである。これは数字の並びではありえない。まず、数字を表にする以外の行列の表し方は多数ある。ここで、数字を表として表す行列の表し方は正準的記法canonical notationであると言われるかもしれない。しかしもし、数字を並べたものが行列であるというなら、無限次元の行列はありえない。並べる規則が指定されているならば、その行列(もどき)は少なくとも原理的に決定可能だが、そのような行列だけでは古典的に不十分だろう。

基礎論の話をしたいのであれば、これは揚げ足取りに過ぎない。お望みなら、行列は自然数のペアと複素数とのペアの一種として定義することができるだろう。言いたいことは、このような行列の定義が不正であるとか、その使用を止めるべきだということではない。それは(もしあるとして)数学者の仕事だろう。そうではなく、考えたいことは、このような行列の捉え方で我々は何を考えている、あるいは考えようとしているのか、ということだ。もっとも、この続きは無いが。