フッサールの「計算の哲学」(2)

前回の箇所はそんなに面白いわけでもなかった(汗)少なくとも問題を少しでも共有してないと、面白さとかはこれだけ提示しただけでは伝わらないだろうな。そこを書くのが仕事なわけだが。さあ頑張らなくては。

高等算術を一貫して論理的に異論のない仕方で基礎づけるあらゆる試みにおいてぶつかる困難は、現在では独特の仕方で解決できるように思われている。すなわち算術を操作計算(Operationskalküls)の特殊例として捉えるのである。

操作算術においては、操作が一次的なものとしてみられ、操作を受ける対象はいわば二次的なものと見られる。厳格に特徴づけられ互いに結合している根本操作が任意に設定されると、その後に対象はこの操作を満たすように作り上げられる(fingiert)。任意なのは、操作と操作を受けるものの両方である。ある根本操作が定義によって設定され、まずもって任意の対象がその操作を受ける。もちろんこのときには任意性に制約が設けられておらず、無限に多くの操作計算が存在する。さて、これらの操作計算のうちから、その操作体系が算術のものと厳格に一致しているものを選ぶことが確かに可能である。算術とこのそれに対応する体系は次の点においてのみ区別できる。第一のもの【算術】においては対象が与えられて、対象の概念から計算操作が分析的に帰結するのに対して、他方のものにおいては対象は任意かつ未規定であり、対象は、定義によって設定され、それが最初に立てられた公準(Postulaten)を満たすということによってのみ特徴づけられ、任意に制限される、という点である。(p.21)