日本人の宗教感覚?

昨日の地震と神の存在の話、リンクを辿った人は気づいたかもしれませんが、日本でその記事を紹介したIT Media Newsは"a pragmatic approach"を「実用主義的アプローチ」と訳している。まあweb翻訳みたいな直訳だが、哲学徒の端くれとして"pragmatic"を「実用主義」と訳すのは我慢ならん。「臨機応変に接している」くらいの意味かなぁ。

しかし、日本人がスマトラ沖地震を「神の業」と考えないのは本当に宗教感覚によるものなのだろうか?私は単に、地震津波が(そりゃスマトラ沖地震は規模が違うとは言え)日本人にとってなじみの現象であるにすぎないように思う。一年のうち何回地震を体感することか。日本にいる限り、ほとんどどこにいても地震は来る。大津波はほとんどないが、津波注意報・警報ならよく見聞きする。だから本当に宗教感覚のせいにしたいのであれば、同じように地震が多発する地域*1で調査すべきであるし、あるいは例えばアメリカで竜巻の多いミネソタ州、ハリケーンの多いフロリダ州とかで「それは神の業であると思いますか」と調査すべきである。

*1:たとえばトルコとか。中東地域はGMIの調査に含まれていない。